名曲解説:バダジェフスカの《乙女の祈り》

ニャンチーニ教授

このページではバダジェフスカの『乙女の祈り』を解説していくぞ

『乙女の祈り』について学ぼう!

乙女の祈り : Badarzewska – A Maiden's Prayer

『乙女の祈り』はテクラ・バダジェフスカが1856年に作曲したピアノ曲です。バダジェフスカがこの曲を作曲した当時、彼女はまだ18歳でした(異説あり)。

バダジェフスカは本格的な音楽教育を受けていませんでしたが、10代からサロンのピアノ演奏家として活動していました。『乙女の祈り』はその活動の最中に書かれたものです。

『乙女の祈り』はポーランドのワルシャワで出版され、その後パリの音楽雑誌の付録になり、欧米で100万部以上売れる大ヒット作になります。

しかし、このヒットから100年以上たった現在、母国ポーランドにおいてバダジェフスカは忘れ去られた作曲家になってしまいました。

もちろん『乙女の祈り』もほとんど演奏されていないようです。

えー、なんでですか?
こんなに大ヒットしたのに

クラーニャ

ニャンチーニ教授

残念なことにヒット作の大半は忘れ去られていく運命にあるのじゃよ

大ヒットしたにもかかわらず、祖国ポーランドで忘れ去られてしまった『乙女の祈り』。

その原因はポーランドの共産化にあると考えられています。

ポーランドは第二次世界大戦のあと、ソ連に支配され共産主義の国になりました。

そして共産主義者のマルクスが「宗教は精神のアヘンである」と言ったように、共産主義は宗教を嫌います。宗教にすがることで民衆は現状に満足してしまい、革命が起こらなくなるからです。

「祈り」という言葉が使われているこの曲は、必然的に宗教を連想させます。

ゆえにこの曲は共産化したポーランドにおいて不適切とされ、演奏されなくなってしまったと考えられています。

また、この作品の精神性や芸術性の低さに原因があると考える人もいます。

クラシックの名曲として後世に残る曲は、時代背景を色濃く反映していたり、作曲家の精神世界を深くうつしています。

バダジェフスカは本格的な音楽教育を受けておらず、しかもこの作品を作曲した時はまだ10代。『乙女の祈り』に深い精神性や芸術性など求めるのは難しいでしょう。

それにバダジェフスカの故郷ポーランドといえば、偉大な作曲家ショパンを輩出した国です。この国の作曲家、特にピアノ曲の作曲家はどうしてもショパンと比べられてしまいます。

19世紀の欧州で出版された音楽事典にはバダジェフスカについてこう書かれています。

「浅薄な素人くささを超えられなかった」

当時の評論家にとって、10代の乙女が作曲したこの作品は「浅すぎた」のです。

なんで共産主義者は宗教が嫌いなんですか?

クラーニャ

[voice icon=”http://t8st.wpblog.jp/wp-content/uploads/2017/03/nyancini.jpg” name=”ニャンチーニ教授” type=”l”] 労働者がどれだけ資本家に搾取され苦労しても、宗教を信じることでその苦労を肯定してしまい、革命がおこらないからじゃ。建前じゃがな

実際のところは共産主義も一種の宗教のようなものじゃったから、宗教同士の縄張り争いのようなものじゃのう[/say]

祖国ポーランドで長らく忘れ去られていた『乙女の祈り』。もちろんバダジェフスカの名を覚えている者などほとんどいません。

しかしこの曲は、祖国以外の国では違いました。『乙女の祈り』が広く演奏されていた国、その一つが日本です。

日本にこの曲が入ってきたのは明治時代。ピアノ教本と共に楽譜が持ちこまれたのが最初でした。

これがきっかけとなり、日本ではピアノ練習用の曲として定着。1960年には双子の女性歌手ザ・ピーナッツがこの曲のアレンジバージョンを発売しており、日本では一般の人でも知っているポピュラーな楽曲になりました。

現在では、電車の駅のメロディやオルゴール曲としても親しまれています。

【乙女の祈り】東海道新幹線 東京駅 可動安全柵閉扉

アメリカではボブ・ウィルズというミュージシャンが、1935年にこの曲をウエスタンスイング(スイングとカントリーが融合した音楽のスタイル)にアレンジして発表しました。

Bob Wills & His Texas Playboys – Maiden's Prayer (1935)

台湾ではゴミ収集車がこの曲を流しながら走るため知名度があります。

垃圾車的音樂

世界各国で息づいていたこの曲は、とある日本人とポーランド人留学生の働きにより、祖国ポーランドで再度注目を浴びることとなります。

詳しい話は朝日新聞のデジタル版に出ているので省略しますが、彼らの働きによりバダジェフスカと『乙女の祈り』は、ポーランドに逆輸入されました。

祖国においてバダジェフスカと『乙女の祈り』は、徐々に再評価されつつあります。

関連ページ:asahi.com:「乙女の祈り」を探して – ニッポン人脈記

母国では忘れられていたけど、他の国では演奏されていた…
なんかほっこりしますね

クラーニャ

ニャンチーニ教授

音楽を楽しむ心は世界共通
誰かが忘れていても、誰かが覚えているのじゃ

『乙女の祈り』には『かなえられた祈り ≪乙女の祈り≫への答え』という続編が存在します。現在のアンサーソングのようなものです。

この曲は1910〜1920年代初頭に、グラフォンから発売された『乙女の祈り』のレコードに、B面のようなかたちで収録されています。

また、『かなえられた祈り ≪乙女の祈り≫への答え』とは別に、『乙女の祈り第2番』も存在しています。

zen-on piano solo PP-515 バダジェフスカ:かなえられた祈り 全音楽譜出版社

[voice icon=”http://t8st.wpblog.jp/wp-content/uploads/2017/03/Clanya.jpg” name=”クラーニャ” type=”l”] なんかドリカムの未来予想図みたいですね[/say]

ニャンチーニ教授

時代を先取りじゃな