名曲解説:ドビュッシーの《ゴリウォーグのケークウォーク》

このページではドビュッシーの『ゴリウォーグのケークウォーク』を解説していきます!

クラーニャ

《子供の領分》の一番人気『ゴリウォーグのケークウォーク』

ニャンチーニ教授

『ゴリウォーグのケークウォーク』はクロード・ドビュッシーが1908年(46歳ごろ)に出版したピアノ組曲『子供の領分』の第6曲じゃ。『子供の領分』は当時3歳だった愛娘クロード・エマのために作曲されたピアノ組曲。『ゴリウォーグのケークウォーク』はこの組曲の中で最も人気がある曲じゃよ。

『子供の領分』は子供に弾かせる曲ではなくて、聴かせる曲だからそんなに簡単ではないですね。

クラーニャ

黒人を模したキャラクター「ゴリウォーグ」

ニャンチーニ教授

題名にあるゴリウォーグとは、イギリスの挿絵画家フローレンス・ケイト・アプトンが考案した黒人を模したキャラクターの名前じゃ。最初はぬいぐるみのようなキャラクターで絵本に描かれたのじゃが、次第にポピュラーになっていき、第2次大戦後は子ども向けの人形にもなり欧米やオーストラリアでかなり有名になったぞ。
フローレンス・ケイト・アプトンの挿絵

フローレンス・ケイト・アプトンが描いたゴリウォーグの挿絵

今の時代だったら暴動が起きてもおかしくないキャラクターですね…

クラーニャ

今は見ることのない「ゴリウォーグ」

ニャンチーニ教授

ゴリウォーグはドビュッシーの時代では問題なかったのじゃが、人権意識が高まった20世紀においては黒人差別の象徴のようなキャラクターになってしまった。実際にアメリカでは反黒人勢力が黒人を差別する風刺画でこのキャラクターを使用しておる。要するに黒人をバカにするために、このキャラクターを用いたのじゃな。

当然のことながら人権意識が広く浸透し始めた20世紀の後半になると、ゴリウォーグの人形および図柄は差別的とされ発売禁止。このキャラクターを見ることはなくなったのじゃ。

ゴリウォーグの人形

ゴリウォーグの人形

デスヨネー

クラーニャ

黒人が生んだダンス「ケークウォーク」

ニャンチーニ教授

ゴリウォーグと同じく「ケークウォーク(Cakewalk)」も黒人に関係しておる。このケークウォークというのは、19世紀末にアメリカ南部の黒人が生み出したダンスじゃ。20世紀にヨーロッパへ伝わり流行し、フランスではレビュー(ダンスショー)誕生のきかっけになったといわれておる。また、ジャズの源流の一つとされており、音楽はかなりジャズと似ておる。
Cake Walk

レビューは歌とダンスがメインのショーですね。日本だと宝塚歌劇団が有名かな。

クラーニャ

名前の由来はケーキ+ウォーク

ニャンチーニ教授

「ケークウォーク」はもともと別の名前で呼ばれておったようじゃ。じゃが、アメリカ独立100周年を記念したフィラデルフィア万博でカップルがこのダンスの巧さを競い、勝利した者達に大きなケーキがプレゼントされたことに由来し、「ケークウォーク」と呼ばれるようになったのじゃ。

ドビュッシーは『ゴリウォーグのケークウォーク』の他に、ピアノ曲『小さな黒人』でもケークウォークを用いて作曲をしているぞ。

万博で開かれるダンス大会の賞品がケーキ?これも黒人差別と何か関係があったのかな?

クラーニャ