ドイツの行進曲といえばこの曲!タイケの《旧友》

タイケ『旧友』

ニャンチーニ教授

このページではタイケの行進曲『旧友』を解説していくぞ

『旧友』について学ぼう!

『旧友』はカール・タイケが1889年に作曲した行進曲(マーチ)です。世界中に存在する行進曲の中で最も有名な部類に入る名曲として知られています。

今でこそ有名な『旧友』ですが、じつは作曲された当初は注目されず、まったく評価されませんでした。

『旧友』が作曲されたのは1889年、当時25歳のタイケはヴュルテンベルク王国の陸軍で音楽隊の隊員をしていました。ヴュルテンベルク王国は19世紀から20世紀初めにかけてドイツ南部を統治した王国です。

タイケが主に作曲したのが軍隊行進曲、『旧友』はその中でも最初期の作品です。『旧友』を作曲したタイケは、意気揚々と当時勤務していた隊の上司に見せに行きます。ちなみにこの時はまだ『旧友』と名前が付けられていませんでした。

しかし、上司の反応はタイケが予想していたものとはまったく違いました。

「行進曲は十分間に合っている。こんな曲はストーブに放りこんで薪にでもしてしまえ!」

上司に自身の作品を酷評されてしまったタイケ。彼は失意の内に、軍隊を退役してしまいます。

ひどい上司だ!見る目なさすぎですよ、この人

クラーニャ

ニャンチーニ教授

上司もこの時はタイケが見せに来た作品が、これだけ有名になると思わなかったじゃろうな

軍隊を辞めることになったタイケ。

かつての同僚達は落ち込んで軍隊を辞めるタイケを心配し、送別会を開いてくれました。

そして、同僚達はこの送別会でタイケが上司に酷評された曲を演奏します。

同僚達の計らいに感動したタイケは、感謝の意味を込めて、この曲に『旧友』と題名を付けたのでした。

いい話ですね、グスン…

クラーニャ

ニャンチーニ教授

同僚の計らいが素敵過ぎる話じゃな

作曲当初は、まったく評価されなかったタイケの『旧友』。楽譜は出版されたものの、20金マルク(現在の金額で3万円ちょっと)で買い叩かれてしまいました。

この作品が評価されるようになったのは、作曲からだいぶ後のことです。

この曲が注目を浴びるようになった経緯は定かではありませんが、現在では世界中で広く演奏されています。

『旧友』出版譜の表紙

『旧友』出版譜の表紙

ちゃんと評価されるようになって良かったですね!

クラーニャ

『旧友』は行進曲ですが、歌詞も用意されています。その内容は『旧友』という題名にピッタリのものです。

歌詞の内容は下記の通り。

国中を行進する旧友は
固い友情で結ばれている
苦難の中も危機の中も
団結を新たにする

戦闘では矢継ぎ早の攻撃と
栄光と名誉は我等に勝利をもたらす
さあ戦友よ、新しいやつが装填されるぞ
これこそ我等の行進曲

作戦の合間に連隊の皆で
隣村の家に赴き
村の娘達や領主の娘の
もてなしに戯れたのだった

笑え、騒げ、笑え、騒げ、今日は今日だ
明日のことなど誰が知る
戦友よ、別離は我等の宿命ではないか
故にグラスを手にして「乾杯」と言おう

古いワインが若い力をくれる
それはワインの生命の味だ
我等が老いても心は若く
思い出も鮮明にしてくれる

歓喜のときも苦難のときも
我等は死ぬまで誠実でいよう
飲み干せ、また注げ
そして我等は旧友でいよう

我等が老いても心は若く
思い出に浸ろう
飲み干せ、また注げ
そして我等は旧友でいよう

ニャンチーニ教授

ソースがないので不明だが、歌詞の内容を見る限り、この歌詞はタイケが軍隊を退役した後に付けられたものと思われるな
軍楽らしい歌詞ですね

クラーニャ