名曲解説:ショパンのピアノ協奏曲第1番

ニャンチーニ教授

ボンジョルニャ、『ニャンコと学ぶ世界の音楽』の時間じゃ。

今回はフレデリック・ショパンの『ピアノ協奏曲第1番』を紹介していくぞ

グーテンターニャ、今日も解説をお願します教授!

クラーニャ

故郷への別れを告げたピアノコンチェルト

Seong-Jin Cho – Piano Concerto in E minor Op. 11 (final stage of the Chopin Competition 2015)

[su_note note_color=”#ffffff”] ピアノ協奏曲第1番はショパンが1830年に完成させた作品。第1番と番号が付けられているが、実際には第2番の方が早く作られており、実質的には2作目のピアノ協奏曲になる。

初演は同年の10月11日、ウィーンへ出発する直前に行われたワルシャワでの「別れ」の演奏会において、ショパン自身のピアノ独奏で行われた。

この作品を完成させた当時、ショパンはまだ20歳だった。このころのショパンはまだポーランドのいち作曲家・演奏家で、ヨーロッパ各地への本格的な進出を狙っていた。ウィーンへの出発は、その第一歩だった。

そんな経緯があったため、この作品はショパンの故郷ワルシャワへの告別と、飛翔の意味が込められているといわれる。
[/su_note] [voice icon=”https://necocla.com/wp-content/uploads/2017/05/Clanya6.jpg” type=”l”] 人生のターニングポイントで演奏された重要な曲なんですね[/say] [voice icon=”https://necocla.com/wp-content/uploads/2017/03/nyancini.jpg” type=”l”] まあ結局、ウィーンではほとんど演奏活動ができなかったのじゃがな…

これについては、また別記事で解説するぞ[/say]

オーケストラのパートは他人が作った?

[su_note note_color=”#ffffff”] この曲はピアノパートの完成度は高いが、オーケストラのパートは完成度が低いと言われている。

知っての通りだがショパンはピアノ曲で有名な作曲家。彼の作品のほとんどはピアノ独奏曲である。ショパンにとってオーケストラは専門外のことなのでしょうがないだろう。

また、オーケストラパートを他人が作曲した可能性も指摘されている。しかし、この曲はショパン自身が書いた楽譜が残っていないため、確認することができない。
[/su_note] [voice icon=”https://necocla.com/wp-content/uploads/2017/03/Clanya.jpg” type=”l”] それぞれのパートを得意な人が分業して作曲した可能性があるってことですね![/say] [voice icon=”https://necocla.com/wp-content/uploads/2017/03/nyancini.jpg” type=”l”] そうじゃ。さすがに専門外のことをすべて一人でやるのは、難しかったのじゃろう[/say]