名曲解説:エルガーの《愛のあいさつ》

ニャンチーニ教授

このページではエルガーの『愛のあいさつ』を解説していくぞ

『愛のあいさつ』について学ぼう!

Salut D'amour – Elgar – Yijia Zhang (愛的致意 – 張一嘉)

『愛のあいさつ』はエドワード・エルガーが1888年に妻となるキャロライン・アリス・エルガー(結婚前はアリス・ロバーツ)との婚約記念に贈った楽曲です。作品番号は12で、エルガーの作品の中では初期にあたります。

最初に作曲されたのはバイオリン曲(ピアノ伴奏)でしたが、ピアノ独奏版、オーケストラ版など、様々な演奏スタイルの編曲版がエルガー自身によって作られました。

こちらはメジャーなピアノ独奏。

Edward Elgar's "Salut d'Amour" – Heloise Ph. Palmer

こちらはオーケストラ演奏。

Edward Elgar – Salut d'amour, Op. 12

弦楽合奏もあります。

Daniel Hope – Salut d´amour – Elgar (Official Video)

婚約の記念だから甘いメロディーなんですね

クラーニャ

エルガーとアリス、二人の結婚は簡単ではありませんでした。二人の前には「階級」「宗教」「年齢」など、様々な壁が立ちはだかります。

エルガーとアリスが生きた19世紀末のイギリス。そこはまだ階級制度が色濃く残る時代でした。

エルガーの生まれは庶民階級、あまり裕福でない家庭に育った彼は、地元で音楽活動をする傍ら、音楽教室で教師をしていました。もちろんこの時エルガーは、まだ無名の作曲家でした。

一方アリスは名家の出。父はナイトの称号を持った軍人で、親族は他にも輝かしい経歴を持った人ばかりの上流階級でした。しかも当時すでに女流作家として活躍しており、出版作品も評価されていました。アリスが出版した小説について、後の研究者はこう評しています。

テンポと場面を調節しながら、非常によく出来た、愉快で心の琴線に触れる物語である。また、アリスを後年の韻文、書簡、日記のみから知る誰もがそのユーモアに驚くのではないだろうか。

この生まれた階級の差と、知名度の差から、二人の間には大きな壁がありました。

『愛の挨拶』、1899年版の表紙

『愛の挨拶』、1899年版の表紙

そんなに身分の差があったんですね

クラーニャ

ニャンチーニ教授

今の時代ですら釣り合わないといわれそうな身分の差じゃな

しかし、2人は出会ってしまいます。出会いのきっかけになったのは音楽。ある日、アリスがエルガーの音楽教室にやってきたのが始まりでした。

アリスが習ったのはピアノの伴奏。当時の上流階級では誰もが楽器をたしなみ、人が集まれば合奏をしていました。どんな楽器にも合わせられる伴奏の技術は令嬢のたしなみだったのです。伴奏で必要なのは息を揃えて、お互いを感じること。濃密なレッスンが二人の距離を縮めていったのかもしれません。

エルガーとアリス(1891年撮影)

エルガーとアリス(1891年撮影)

先生と生徒の関係だったんですね

クラーニャ

ニャンチーニ教授

お互いの第一印象はどんなものだったか、ぜひ二人に聞いてみたいのう

エルガーは意外(?)だが落ち込みやすい性格でした。当時29歳だったエルガーは、10代の失恋の痛手をこの年まで引きずっており、恋愛に臆病になっていました。

一方のアリスは当時すでに38歳。晩婚化が進んでいる現代でも婚期を逃したといわれる年齢で、早めの結婚が主流だった当時ではほとんど結婚を望めない年齢でした。仕事にのめりこんで婚期を逃してしまったようです。

聡明で自立したアリスと出会い、ようやく失恋のわだかまりを捨て去ることができたエルガー。そして、まだ無名ながらも類まれなエルガーの才能にひきこまれたアリス。運命に導かれた2人は、出会いから3年後に婚約しました。

この時エルガーがアリスに贈った曲が『愛のあいさつ』です。ちなみにアリスからは『The Wind at Dawn(夜明けの風)』という詩がエルガーに贈られています。

二人はいいタイミングで出会ったんですね

クラーニャ

ニャンチーニ教授

出会うのがもっと早かったら、恋には発展しなかったかもしれんのう

エルガーとアリスの格差婚にもちろん周囲は反対しました。特にアリス側の親族はかなり反対していたようです。エルガーの伝記作家はこう書いています。

アリスの一家は、彼女が店先で働くローマ・カトリックの名の知れない音楽家と結婚しようとしていることにぞっとした。彼女は勘当されてしまった。

実はエルガーとアリスは信仰している宗教も違いました。エルガーはカトリック信徒だったのですが、アリスは聖公会信徒(イギリス国教会の一派、つまりはプロテスタント)。ここにも大きな壁があったのです。

しかし2人は周囲の反対を押し切り結婚式を挙げました。その時の参列者はエルガー側に両親と友人一人、アリス側に従兄弟とその妻のみだったといわれています。

アリス完全に親族に縁切られてるじゃないですか!

クラーニャ

ニャンチーニ教授

かなりの覚悟があったのじゃろうな

アリスと結婚した後のエルガーは知っての通り大出世をし、イギリスを代表する作曲家となりました。

結婚後のアリスはエルガーのマネジャーや秘書のような役割になり、公私ともにバックアップしました。「夫の気分に合わせて家を変える」、「夫の創作のために愛人を自ら選定した」などの逸話も残っています。

天才の面倒を見るというのは、いかなる女性にとっても生涯の仕事として十分なものです。

これはアリスが残した言葉。アリスは自身のキャリアを捨ててまで、天才に尽くしたのでした。

愛人の選定!?奥さんの域をこえてますね…

クラーニャ

ニャンチーニ教授

このアリスがいたからこそ、偉大な作曲家エドワード・エルガーが誕生したのじゃな