名曲解説:ヤナーチェクの《シンフォニエッタ》

ニャンチーニ教授

《シンフォニエッタ》はレオシュ・ヤナーチェクが作曲した管弦楽曲じゃ。ヤナーチェク最晩年の作品にして、最も有名な作品じゃぞ

作品の概要

レオシュ・ヤナーチェクはロマン派の時代に活躍したチェコ出身の作曲家。スメタナやドヴォルザークらチェコを代表する作曲家と同世代です。

チェコはボヘミア地方とモラヴィア地方の2つに別れており、スメタナやドヴォルザークは前者の、ヤナーチェクは後者の出身です。

2つの地方の音楽は違う雰囲気を持っていて、ヨーロッパよりのボヘミア地方は西洋的で都会風、アジアよりのモラヴィア地方は東洋的で田舎風といわれています。

日本で例えるなら関東と関西の違いかな?

クラーニャ

ヤナーチェクはスメタナやドヴォルザークに比べると目立たない存在。生前はあまり評価されず、チェコの地方で活動する一作曲家程度にしか見られていなかったようです。

《シンフォニエッタ》はそんなヤナーチェクの代表作。ヤナーチェクが亡くなる2年前の1926年に作曲されました。

日本では村上春樹の小説『1Q84』に登場したことで有名です。この作品の中で《シンフォニエッタ》は物語の重要な役割を担う曲として描かれました。この小説のヒットを受けて、《シンフォニエッタ》を録音したCDの売上が伸びたといわれています。

ニャンチーニ教授

最近はこの《シンフォニエッタ》を筆頭に、ヤナーチェクが再評価されておるようじゃ

作曲の経緯

1917年の夏、60歳を過ぎたヤナーチェクに運命の出会いが訪れます。

出会ったのはカミラ・シュテスロバーという名の女性。ヤナーチェクより38歳年下で、2人の子供もいた既婚者でした。

同じくヤナーチェクも当時既婚者。しかし彼はカミラに一目惚れしてしまいます。以降11年間に渡り、ヤナーチェクはカミラに600通を超えるラブレターを送り、自分の想いを伝えました。

カミラも最初は戸惑いましたが、次第に心を開き、心を通じ合わせるようになりました。

美談のようにかいてますけど、これ普通にW不倫ですよね。今の時代だったら謹慎ものですよ

クラーニャ

《シンフォニエッタ》作曲のきっかけは、このカミラとの出会いから生まれました。

カミラとヤナーチェクはある日、一緒に散歩に出かけます。そこで偶然遭遇したのが吹奏楽の野外コンサート。

ヤナーチェクはこの時聴いた吹奏楽曲にインスピレーションを受け、新しい曲の構想をたてました。

《軍隊シンフォニエッタ》と題されたこの曲には、あの日カミラと共に聴いた吹奏楽のファンファーレが取り入れられました。

この時点でこの曲は、チェコスロバキア陸軍に送られる予定だったようです。当時の吹奏楽曲といえば、基本的に軍楽隊が演奏するものだからです。

ヤナーチェクはこの曲で「現代の自由な男、彼の精神的な美しさと喜び、その強さ、勇気と勝利のために戦う決意」を表現したと語っています。

ニャンチーニ教授

不謹慎じゃが、この曲こそ不倫から生まれた文化じゃな
「文化や芸術といったものが不倫という恋愛から生まれることもある」って言った石田純一は間違っていなかった?

クラーニャ

《軍隊シンフォニエッタ》を作曲している中、ヤナーチェクに作曲依頼が舞い込みます。それはチェコで行われる「ソコル体育祭」で演奏するための作品でした。

ソコルとは?
ソコルとは1862年にチェコで創設された民族的な体育運動協会。ソコルはチェコ語で「隼」を意味し、「有能かつ勇敢な青年」や「民族解放の戦士」といった意味も持つ言葉です。

ソコルはチェコ民族の身体能力の強化と民族意識の高揚させ民族解放を目的としていました。心身が弱い民族は淘汰されてしまうという思想のもと、運動協会という形をとっていたようです。

1920年にプラハで開催されたソコル祭典の様子

1920年にプラハで開催されたソコル祭典の様子
現在、ソコルの祭典は6年ごとに行われている

ヤナーチェクはソコル体育祭のための曲に《軍隊シンフォニエッタ》を使うことを決めます。

そして出来上がったのが、タイトルから「軍隊」を削ぎ落とした《シンフォニエッタ》でした。

ニャンチーニ教授

不倫から生まれる文化もあるが、良い子は真似しちゃいかんぞ

曲名の由来・意味

シンフォニエッタとはイタリア語で「小さな交響曲(小交響曲)」を意味する言葉です。演奏時間が20分くらいの小規模な交響曲がこう呼ばれます。

ヤナーチェクの《シンフォニエッタ》は演奏時間が20分から25分くらいなので、小交響曲の要件は満たしています。

ただ、もともと吹奏楽に影響を受けた曲で軍楽隊に贈る予定の曲だったので、交響曲の要素はあまりなく、本来の意味で小交響曲と言えるかは、かなり微妙なところだと思います。

ニャンチーニ教授

オーケストラで演奏されるものの、交響曲の作曲形式はとっておらんから、交響曲と呼べるものではないのう

曲の視聴

では演奏を聴いてみましょう。

この曲の聴きどころは、金管楽器で演奏されるファンファーレ。第1楽章の出だし部分がファンファーレで始まり、第5楽章にまたファンファーレが戻ってきます。

このファンファーレは、恋人のカミラと共に散歩の途中で聴いた、あの思い出のファンファーレです。

LEOŠ JANÁČEK Sinfonietta

《シンフォニエッタ》は5つの楽章で構成されています。

第1楽章を除いた各楽章は、副題にモラヴィア地方の中心都市ブルノの街に実在する建物があてられています。これらはブルノの街の情景をモチーフにして作られました。

  • 第1楽章「ファンファーレ」
  • 第2楽章「城(ブルノのシュピルベルク城)」
  • 第3楽章「修道院(ブルノの王妃の修道院)」
  • 第4楽章「街頭(古城に至る道)」
  • 第5楽章「市役所(ブルノ市役所)」

ブルノはヤナーチェクにとってとても縁の深い都市。出身地ではありませんが、ヤナーチェクはここを拠点に活動し、生涯の大半をこの地ですごしました。

この曲には、ヤナーチェクのチェコに対する想いがたくさん込められているんですね

クラーニャ