名曲解説:スーザの《星条旗よ永遠なれ》

《星条旗よ永遠なれ》はジョン・フィリップ・スーザが1896年(42歳)に作曲した行進曲です。生まれ故郷アメリカでは「国の公式行進曲(ナショナル・マーチ)」に制定されていて、アメリカをはじめ様々な国で人気があります。

アメリカの国歌《星条旗》と名前が似ているから注意が必要ですね

クラーニャ

もともとは吹奏楽曲として作曲されたこの曲ですが、他の作曲家によってピアノ版やオーケストラ版にも編曲されています。アメリカ人の愛国心を象徴する曲として、様々なシーンで演奏されています。

ニャンチーニ教授

アメリカ独立記念日には、オーケストラ版の演奏が通例になっておるぞ

作曲の経緯

《星条旗よ永遠なれ》が作曲されたのは1896年の12月25日、クリスマスの日です。この時スーザはヨーロッパからアメリカへ帰る船上でした。

時をさかのぼって《星条旗よ永遠なれ》が作曲される少し前、デイヴィッド・ブレークリーという人物が亡くなりました。

ブレークリーはスーザが率いた「スーザ吹奏楽団」の設立に関わった人物です。

スーザはもともとアメリカ海兵隊バンドの隊長でしたが、アメリカ各地で演奏を行う過程で、アメリカにはプロフェッショナルなコンサートバンドが必要と感じていました。スーザはアメリカの音楽文化をもっと発展させたかったのです。

スーザはそれを自身で作ろうと考え、その結果生まれたのが「スーザ吹奏楽団」でした。音楽興行師だったブレークリーはスーザを後押しして楽団の設立を手助けし、設立後はマネージャーとして楽団を支えました。

スーザが全米はおろか世界中で有名になれたのは、この人のおかげと言っても過言ではありません。

この話で一本の映画が作れそうですね

クラーニャ

ブレークリーの訃報を旅行中のヨーロッパで聞いたスーザは、旅行を切り上げ急いでアメリカへ帰国することとなります。

スーザはこの曲を頭の中で作曲し、アメリカに帰国するとすぐに楽譜に書き起こしたと自伝「マーチング・アロング」の中で語っています。

ニャンチーニ教授

恩人の死が作曲のきっかけになったのじゃな

曲名の意味・由来

《星条旗よ永遠なれ》はそのタイトルの通り、アメリカの永遠の繁栄を歌っています。

この曲が作曲される30年ほど前、アメリカを二分する戦争が起きました。「南北戦争」です。北部と南部が奴隷制などの政策で対立し、内戦に至ったのです。この戦争は後世に大きな禍根を残しました。

スーザが生きた当時のアメリカは南北戦争の記憶がまだ薄れていない頃。内戦の影響で国民の間にはわだかまりがありました。

スーザはそのような状況の国をうれい、《星条旗よ永遠なれ》にアメリカ国旗の下にみんなで一つにまとまろうというメッセージを込めました。

曲中のメインメロディーは北部、ピッコロの旋律は南部、力強いトロンボーンのメロディーは西部を表しています。

この曲には南北戦争でバラバラになった国民の心を一つにまとめたいって想いが込められているんですね

クラーニャ

曲の視聴

SOUSA The Stars and Stripes Forever – "The President's Own" U.S. Marine Band

先にも紹介した通り、この曲のメインメロディーは北部、ピッコロの旋律は南部、力強いトロンボーンのメロディーは西部を表現しています。ここに注目して曲を聴くと面白いですね。

また、曲の途中にはあまりしられていませんが歌詞が付けられています。内容はもちろんアメリカを称えるものです。

The Stars and Stripes Forever – With Lyrics Official [CC, HD]

曲全体でアメリカを表現し称える《星条旗よ永遠なれ》は、もっとも愛国歌にふさわしい曲といえます。

ニャンチーニ教授

なぜこの曲がアメリカ合衆国の公式行進曲に認定されているかわかったじゃろ?

豆知識:唯一のレコード録音は発明家エジソンによって

生前、スーザはこの曲を大変気にいっており、亡くなるまでに行ったほとんどのコンサートでこの曲を演奏しました。ただ不思議なことに商業録音(レコードとして発売するための録音)は1909年に一度だけしか行っていません。

その唯一の録音を担当したのが、かの有名な発明王トーマス・エジソンでした。エジソンはご存知、蓄音機を世界で初めて実用化し売り出した人物です。その音源は音質は悪いですが現在でも聴くことができます。

エジソンが自分の発明品で録音したんなて、歴史のロマンですね!

クラーニャ